高倉健氏のこと
第93号
(平成26年01月)
天道館管長 清水 健二
新春の御祝詞を謹んで申し上げます。
本年も皆様が御健康でお過ごしのことを心より願っております。
さて今回は昨秋、文化勲章を授与されました俳優・高倉健氏のことに触れさせていただきたいと思います。
1983年、世田谷三軒茶屋の我が道場・天道館にお見えになった。今より30年前のことである。或る方の御紹介で道場を使わせていただきたい、とのことだった。高倉氏は同じ九州人で一度お会いしたいな…と思っていた。
約束の当日、内弟子の永井耕太郎君が「先生、高倉さんがお見えです!」と飛んできた。私は何か忙しいことをやっていたようで、「どうぞお上がり下さいと伝えてくれ」と言ったのだが、しかし永井が二度三度同じことを伝えても高倉氏は「いや、先生にご挨拶してからでないと上がれません」。私は高倉氏のその毅然とした態度に自分のいい加減さが情けなく思った。玄関で顔を合わせると、「高倉健です。よろしくお願いいたします」と一礼されたときには参りましたであった。私が合気道を教えるのではなく、高倉さんは道場を使用するだけなのにこの態度である。
続けて2日目もお見えになりゆっくりお話をすることが出来た。それ以降30年間お会いしていないのだが、爾来何か伝えたいことがあれば通じ合える交流を続けさせて頂いている。毎年の鏡開き式でも開催日を見計らって必ず祝樽酒が贈られてくる。その御気遣いには頭が下がるのみである。
どんな世界に生きていても厳しく己を鍛えてきた人には、威厳と優しさというものがいぶし銀のように輝く。それは謙虚さ、英知、勇気を持ち合わせた御仁を言うのであろう。高倉健さんは俳優としてだけでなく人間としての文化勲章を授与された方であろう。いつも武士道精神を持ち合わせている御仁のようにお見受けしている。
「己に克ち礼に復(かえ)る」。私の好きな論語の一節である。